2006年11月04日

古き良き時代 〜水陸両用飛行艇篇〜

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きょう、録画しておいた"社長シリーズ"を観た。

今回観たのは、1961年公開の"社長道中記"と"続社長道中記"なのだが、相変わらずの面白さだった。

実は、この映画の中で、とても気になるシーンがあった・・・。

それは、南紀白浜に出張中の社長が昏睡状態になったとの報を受け、東京から駆けつける社長婦人らが乗ってきた水陸両用飛行艇だ・・・。

そういえば、『昭和30年代半ばに伊丹から白浜行の飛行艇が飛んでいた』という話を聞いたことがあった。

と、いうことで、この件についていろいろと調べてみた・・・。


まず、映画に登場する機体は、登録番号(JA5057)より、グラマンG−73型機(マラード)と判明。
この機体は、グラマン社が創業以来得意とする水陸両用機で、第二次世界大戦後の民間航空需要増を見込んで開発された旅客用水陸両用飛行艇である。
(ちなみに、飛行艇の場合は、日本語では、"1、2・・・"、ではなく、"1、2・・・"、と数えるようです)
特徴としては、水面ばかりではなく陸上の空港にも離着陸できるように、機首と胴体両側面に引込み式の降着装置を持ち、都市部の大空港と周辺の港湾・離島とを直接結ぶ路線需要を狙ったようだ。
しかし、中小都市・離島の空港整備が急速に進んだことや、航空需要の伸びが予想を超えてしまうなどのマーケットニーズの読み違いにより、わずか59機で生産終了となってしまった。

現在では、オリジナルのレシプロエンジンからターボプロップエンジンに換装した機体が、マイアミを拠点とするリゾート航空会社(?)で運航されていたが、昨年2005年12月に墜落事故を起こしてしまい、現在運航停止中らしい(2006年11月9日から運行再開とのウワサもある)・・・。

さて、白浜へ飛行艇で就航していた日東航空であるが、設立時の名称を"日本観光飛行協会"という。
(1964年4月に日東航空、富士航空、北日本航空が国指導の政策合併し、日本国内航空となった。さらに1971年5月、日本国内航空と東亜航空が合併し、東亜国内航空となり、1988年4月、国際線進出を機に日本エアシステムと商号変更した。その後、2002年10月、日本航空の完全子会社となり、2004年4月に日本航空ジャパンとなり、2006年10月、日本航空インターナショナルと合併、新生・日本航空が誕生、会社じたいは消滅した。)

この日東航空は、1959年から1965年(日本国内航空時代も含む)にかけて、大阪空港を拠点に、串本、南紀白浜、徳島、高知、別府等への路線にグラマンG−73型機(マラード)を運航しており、これらの路線から撤退した後は、長崎航空が機材の一部を譲り受け1966年から1967年まで、大村空港を拠点に壱岐・対馬への路線を同機にて運航していた。

映画に出てきた、大阪(開設当初は堺・大浜水上飛行場、1960年より伊丹空港)〜白浜(白浜海岸の桟橋に接舷、そこからボートで上陸する)路線は、1954年に日本観光飛行協会が開設(使用機材不明)、1958年には、14座席のデ・ハビランド・カナダDHC−3型機(オッター)を導入、名称も日東航空となる。
1960年に伊丹空港発着となってからは、11座席のグラマンG−73型機(マラード)に機材変更となり1965年まで運航されていた。(所要時間は40分、一日3往復が運航されていたようだ)

ちなみに、南紀白浜空港(陸上の!)は1968年に供用開始され、東亜国内航空により東京〜南紀白浜路線が開設された。(使用機材YS11型機)
また、1996年には新南紀白浜空港が東側の隣接地に完成し供用開始となり、ジェット旅客機が就航した。

今回登場した日東航空は、機体トラブルが多かったようで、その中でも、油圧の不具合で車輪が出なくなり、機内にあったありとあらゆる液体(コーヒーはじめ、"おしっこ"までも、、、)を油圧管に注いで応急処置を講じたという有名なエピソードも残っているようだ、、、。

それに、悲惨な墜落事故を2件も起こしている。

そのうちの1件は、1964年2月、大阪国際空港発徳島行のグラマンG−73型機(マラード)が、離陸直後、エンジン故障が原因で尼崎市の田能遺跡に墜落した、というものだ。
この事故で、客室乗務員(女性)の方が7名の乗客を救出、自らも機外への脱出に成功したものの、機内に取り残されている乗客がいることが判明したため、この乗客の救助のため再度機内に戻ったところで漏れた燃料に引火して機体が爆発、機内に取り残されていた乗客と共に亡くなられたという悲惨な出来事があったようだ。

この客室乗務員の方の偉業を称えるために、"六甲山みよし観音"が建立されたそうだ。


きょうは、古い映画のワンシーンから思いもよらぬ歴史探訪ができて、たいへん有意義な一日でした・・・。
posted by 炎のストラテジスト at 00:00 | 東京 ☀ | Comment(0) | 映画
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